レポート
2011年7月20日、江東区文化センターホールにて、弊社主催のAgile Conference tokyo 2011が開催されました。
当日は台風の影響により、あいにくの雨模様となりましたが、たくさんの方にお越し頂き、大盛況のうちに終了しました。
21世紀のソフトウェアデザイン - マーチン・ファウラー氏
まずは皆さんお待ちかね、マーチン・ファウラーの基調講演です。
大きく2つの話をされていました。
- アジャイル開発の位置づけの確認
- 継続的統合と継続的デリバリー
この2つです。
最初のアジャイル開発の位置づけの話では、基本に立ち返り、アジャイル開発の本質について、従来の計画駆動型の開発手法と対比する形で説明されていました。
要求の安定性に依存しない、早期・頻繁なリリースで適応する、良い人間関係を構築する等々、アジャイルのベースとなるマインドについて力強く語られていました。
アジャイル宣言から10年たった今、多くの人にアジャイルマインドが広まる中、本来持っているアジャイルの意味が失われている状況を憂いているそうです。
二つ目の話は、Continuous Integration And Delivery です。
統合とは、痛みを伴う大変な作業であり、その痛みは統合間隔を空ければ空けるほど指数関数的に増大します。
それであるならば、小さく頻繁に行うことで痛みを小さくすることができるだろうというのが、継続的結合(CI)の背景にある考え方です。
そして、CI を発展させた Continous Delivery の解説もありました。
ここ数年 ThoughtWorks 社が推進している概念であり、昨年の Jez氏 の講演に引き続きの紹介となります。
常に Production Ready というリリース可能な状態を維持することで、ビジネスニーズに迅速に答える開発体制を維持しようとするものです。
パイプライン設計や、各種リリース作業の自動化、等々、開発プロセスのみならず、リリースのプロセスまでも自動化して、頻繁なリリースを可能とするプラクティスを整備しています。
アジャイル最先端のプラクティスをマーチン・ファウラー氏本人の口から聞くことは基調な体験でした。
しかし、それ以上に印象的だったのはアジャイルの基本理念を丁寧に説明される姿でした。
アジャイル宣言から10年、数年ぶりの日本の講演で語るべき様々なテーマがあったかと思います。
そこであえてアジャイルの本質についての振り返りというメッセージを発するのが、マーチン・ファウラー氏ならではの選択であったと感じました。
Thoughtworks社による海外導入事例 - ジェズ・ハンブル氏
午後には、ThoughtWorks 社のアジャイル開発ツールである ThoughtWorks Studios の開発責任者でもあるJez Humble 氏の特別講演ではじまりました。
何故アジャイルが必要なのか? という点をご説明いただいた後、実際に ThoughtWorks 社が携わった事例の紹介が2つほどありました。
価値の創造に最も重要なのは少なくやることで、使わないものを作ってしまうことが最大の無駄であるという認識は、良く聞く話です。
実際に、事例では複数のサブシステムを更改する際に、まずは目の前のサブシステムに特化した設計をし、他のサブシステムを考慮しないで進めたそうです。
そして順番に、全てのサブシステムのリプレイスを進めたとのことでした。
共通機能の繰り出し等で、それなりの手戻りが発生したと予想しますが、それを無駄と捉えるのではなく、リスクヘッジの為の必要コストであると捉えることができるかどうかが、分かれ目なのだと思います。
またビジネスのイノベートを行うには、顧客に何が欲しいかを尋ねてから作ろうとしてもダメとのことでした。
以下の3ステップを繰り返すことで、イノベーションが生まれるという話です。
- 仮説を立てる
- 最小の価値あるプロダクトをデリバリーする
- フィードバックを得る
また、最後にアジャイルを実現可能とする3つの指針を提示されていました。
- 機能横断的な、製品チームを作る
- フィードバックの連鎖を作る。
- 継続的に進化させる為に、レトロスペクティブを活用する
昨年度の Continuous Delivery の紹介のような目新しさはありませんでしたが、Continuous Delivery を学習する前に必要となる知識を整理していただいたのは有意義でした。
海外での実践状況と高品質でAgilityを高める“機械化”について - 三井 伸行氏 / 畑 秀明氏
続いて、『海外での実践状況と高品質でAgilityを高める“機械化”について』と題して、戦略スタッフ・サービスの三井様と、日本IBMの畑様の合同セッションがありました。
今年の6月に米国フロリダ州オーランドにて開催された IBM Innovate 2011 から、海外のアジャイルの状況について、ご紹介がありました。
海外では分業化が進んでおり多能工は少ない為、統合に対する問題意識がかえって強くなるというお話が印象的でした。
続いて畑様からは、RTC を使ったデモを通じて、具体的な統合のデモがありました。
Jazz プラットフォームを使うことで、OSLC というオープンなデータ連携の規格に対応したツールとは、リアルタイムにデータ交換が可能となります。
情報をつなげることが可能になると、特定のツールに縛られることもなくなり、自分達に最も使い勝手の良いツールを使うことができるようになります。
情報のリアルタイム統合は、開発の見える化の促進という意味で、大切であると考えます。
継続的フィードバック - 長沢 智治氏
そして、マイクロソフトの長沢様より、『継続的フィードバック』のお話がありました。
ツールの紹介がベースになりますが、それを使った様々な取り組みの紹介が本題とのことです。
ツールをフルセット使おうとするよりは、やらなければならないことを実現する為のツールの議論を、とのことです。
Going Agile With Tool と題して、昨年度のセッションの振り返りから始められました。
特に印象的だったのは、ツールとプラクティスは一対一では無く多対多の関係であり、アジャイル開発を効率的に進めるに際してツールに期待する事はまだまだあるという話でした。
アジャイル開発においては、自分達なりにプラクティスを改善してゆくことが欠かせません。
ツールの提供するベストプラクティスにまずは合わせてみることも大切ですが、自分達なりのプラクティスに合わせてツールを活用するという意識が大切なのだと考えます。
その意味で、プラットフォームを提供するというマイクロソフト社の提示するコンセプトは、一考の価値があるように感じました。
Rubyによるアジャイル開発事例 - 朝倉 慎一氏
続いては、日立ソリューションズの朝倉様より、Ruby を使ったアジャイル開発の事例紹介です。
島根県「Ruby ビジネスモデル研究実証事業」として立ち上げた Ruby + アジャイルの実証プロジェクトの一つをご紹介いただきました。
地理的に離れたステークホルダを、仮想サーバやセキュアなネットワークで結んで開発を進めていたようです。
加えて、TV会議システムを含む様々なツールを活用する等、円滑に進める為の工夫をしているのが印象的な事例紹介でした。
面白かったのは、顧客満足度のスライドで、要件毎のイテレーションへの割り当ての際に十分な納得感が得られなかったという点です。
各機能の価格が分からなかったので、何故要件が受け入れられないのかが分からなかったという感想を、エンドユーザ側が持たれたそうです。
アジャイル開発においては、優先度付けを含めたスコープ調整は、どのような付加価値をソフトウェアに与えるかを決定するという意味で、最も重要な調整作業となります。
そこでは、開発側からの十分な情報提供、開発内部の見える化という課題を克服する必要があると受け止めました。
アジャイル開発でよみがえった、プロダクト開発 - 萩原 純一氏
そして、アクセラテクノロジの萩原様のセッションがありました。
自社で製品開発をされており、そこでの開発手法としてアジャイルを採用し独自の工夫を模索されているそうです。
個人的には「帰り時間の宣言」は使えるネタだと思いました。
残業抑制という意味で効果がありそうですので、早速試してみたいと思います。
また、最後にさらっとご紹介されていましたが、Accela BizAntena のような情報共有ツールは使い方を工夫すれば、アジャイル開発において必要な自律的な組織育成に大きな効果を持ちそうなツールだと思います。
ユーザーと開発者のどまんなかを行くE-AGILITY協議会 - 依田 智夫氏 / 牛尾 剛氏 / 永瀬 美穂氏
そして、E-Agility協議会のご紹介です。
依田様、牛尾様、永瀬様によるセッションがありました。
いまのアジャイルブームが開発者主導であることは間違いありません。
そしてアジャイル開発を成功させるには、ユーザ側にも意識改革が必要となることにも確かです。
このようなユーザーと開発者をつないで、お互いにより良いプロセスを模索しようという試みは素晴らしいと思います。
アジャイル開発のコミュニティは日本でも多々ありますが、やはりエンジニア主導の感は否めません。
是非、周りのお客様にもご紹介して、ユーザー企業を巻き込んだ日本のソフトウェア開発の姿を議論できる場になってくれることを期待したいと思います。
アジャイル検定制度について - 戸田 孝一郎氏
最後に、戦略スタッフサービスの戸田様よりアジャイル検定についてセッションがありました。
乗り越えてゆけるところは、アジャイルのエッセンス/価値を理解しているところプラクティスに目がいっているところは上手くいかない、とのお話が印象的でした。
根本にあるアジャイルの価値を、理解してもらうという意味でも、アジャイルについて教科書的に学習する機会を設けることは重要です。
そのきっかけや学習動機付けとして、このような検定試験を整備してゆくことは、業界全体として意義のあることだと感じています。
まとめ
今年で、3年目を迎えたアジャイルカンファレンス東京ですが、マーチン・ファウラー氏を迎えて、大いに盛り上がりました。
今年からは座席数も100席増えた大きな会場での開催となりましたが、朝一の講演から座席は満席で、アジャイル人気(ファウラー人気?)の高さを感じました。
国内でも様々なプロジェクトで、アジャイル開発手法が試行され、実績を残しています。
十分な効果を出せずに終わり根付かないケースも散見するようですが、着実に成果を残し実践に結び付けている企業も増えています。
しかし、海外のアジャイル最先端企業では更に先を進んでいます。
ビジネスとソフトウェアの関わりが密接になり、ビジネスの頻繁に変わりゆくニーズがアプリケーション開発を駆動するスタイルです。
そこでは、開発と運用の境目も無くなり、常にリリース可能なソフトウェアを進化させ続けてゆくような、アプリケーションのライフスタイル管理が実践されています。
日本が世界とビジネスで競り勝つ為には、アジャイル開発のメリットをもっともっと積極的に取り入れてゆく、そんな必要があるのではないか? と考えさせられる一日でした。
イベント当日の模様
講演資料のダウンロード
Agile Conference(7月20日)の講演資料(マーチン・ファウラー氏を除く)を掲載しました。
※当日ご来場者様限定
※無断転載・複写・使用を禁止します。
- 特別講演:Jez Humble 氏
Thoughtworks社による海外導入事例(0.99MB) - Session 1:三井 伸行氏・畑 秀明氏
海外での実践状況と高品質でAgilityを高める“機械化”について(34.8MB) - Session 2:長沢 智治氏
継続的フィードバック(27.9MB) - Session 3:朝倉 慎一氏
Rubyによるアジャイル開発事例(4.30MB) - Session 4:萩原 純一氏
技術開発現場のノウハウ共有に手をかけるな!アジャイル開発でよみがえった、プロダクト開発(4.62MB) - Session 5:依田 智夫氏・牛尾 剛氏・永瀬 美穂氏
ユーザーと開発者のどまんなかを行くE-AGILITY協議会(1.63MB) - Session 6:戸田 孝一郎氏
アジャイル検定制度について(4.87MB)